同和問題のもう一つの側面に向き合わなければならない

確かにスラムだった地区の生活環境は大幅に改善された。地区出身者は「ゆりかごから墓場まで」行政から特別扱いされ、多大な生活援助を受けていて、それは時代とともに逆差別と批判されるようになっても引き続き継続されていった。一方で同和対策事業費を利権とするアウトロー勢力の格好の食い扶持ともなった。
関西一円の旧同和地区を訪ね歩いてきたダメポツアー取材班。数々の地区を歩いてきた思った事がある。
それはなぜ、旧同和地区の団地周辺には放置された廃車が野ざらしにされているのかということだ。しかも地区内には警察の取締りが及ばないとも聞く。そして未だに大阪市内の地区ではこれ見よがしな人権啓発看板が街に異様な空気を放っている。
重装備で過剰な公共施設の割に、高齢化率が異様に高く活気が完全に失われているのが大阪市内の「地区」の現状だ。旧同和地区は旧被差別部落として厳然と存在し、おのずと差別的な状況を今なお作り出しているのだ。それを嫌って地区外に転居する人が増加し、「地区」の多くがゴーストタウン的な状態となっている。
×××駅前 巨大なアウトロータウン

×××駅を下りるとそこに広がるのは…
その駅のまん前に、巨大な「地区」が存在する。
「人権」の名の下に、不正に莫大な富を得た、元解放同盟支部長で財団法人飛鳥会理事長だった小西邦彦被告を中心とした一連の「飛鳥会事件」の舞台となった場所でもある。そこには部落解放の高邁な理念とは180度違ったアウトローの巣窟と化した異様な空間が存在する。
今、地区はどのようになっているのかを確かめに現地へと向かった。
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