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貧乏上等 守口・門真 (5)

日曜日, 10 月 5th, 2008

守口市役所の建物にビックリ

大庭町のマンションから15分くらい歩いて、大日駅前に戻る。地下鉄谷町線の終点であり、大阪モノレールの駅もある大日駅前には、つい最近になって、日本列島でブイブイ言わせまくりのイオングループが巨大なショッピングモールをぶっ建てて、その巨体を構えていた。

アーケード付き商店街文化が大阪の特徴でもあるし、それは今でも変わらないのだが、大阪市の東側では随分と様相が変わってきている。鶴見区のダイヤモンドシティ・リーファ、八尾市のアリオ八尾、などなど。

イオン大日ショッピングセンターの真裏にはこれまた巨大な高層マンションが建設中。富裕層はこうした巨大ショッピングセンターで優雅にお買い物をして、貧乏人やご老人には巨大すぎて居心地の悪い街。なんだか全てのものに生活格差が出始めているのを感じるのだ。

イオンは見ての通りご立派すぎてたまりません。民主党元党首で副代表の岡田克也氏の実の兄貴が経営するイオングループ(→詳細)、ぶっちゃけこんな場所に作られて、土日は周辺道路が混雑して迷惑です。

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貧乏上等 守口・門真 (4)

土曜日, 10 月 4th, 2008

大阪の生活保護率ってなんで高いの?

どういう心境で死んだ妻の亡骸を屋上へ運んだのか、生活保護の相談を受けるのが恥ずかしいにせよ、恥を忍んでもう少し勇気を出して欲しかった。ただ、男の身が働ける身体のうちは絶対に生活保護が認められない。

だから頭のいい人間ならば「偽装離婚」して別居、単身となった妻に生活保護申請をさせたり、某「大衆政党」がらみのコネや某「人権団体」がらみのコネ(笑)で市議からの口利きをしてもらって生活保護申請を通してもらうなどの入れ知恵が罷り通っていたりしていたらしい。今は知りませんよ。

一般的に恥を恥と思わぬ痴情の楽園大阪民国では生活保護を貰いに行くのは恥でも何でもなく、生きるための知恵なのだから、堂々と相談に行く。「もらえるモンはもろとけ」これは民族性の違いかも知れない。「国民年金をコツコツ払うよりも生活保護の方が賢い」という開き直りもある。

国民年金なんか、あの杜撰な管理体制を見よ。お国に金を預けるから間違いないという幻想が見事に崩れた。腐れ役人が全国に建設して大赤字を出したグリーンピアとかいうハコモノにいくら国税が注ぎ込まれた?だから言われる「正直者がバカを見る国」であると。

ただ間違いなく言えることは、大阪府の生活保護受給率の高さは異常。
教えて!goo 大阪府ってなぜ生活保護受給者が多いのでしょう??

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貧乏上等 守口・門真 (3)

土曜日, 10 月 4th, 2008

老夫婦、悲劇のマンション

問題のマンションは大庭町のファミリーマートの真裏に建っていた。すぐ横に阪神高速守口線が走っている。

一見すると何の変哲もない住宅街のようにも見える。ファミリーマートの正面向こう側には大きなマンションが棟続きに並んでいて、別に問題はなさそうだが、手前側に来ると一変して古いオンボロアパートと銭湯が並ぶ低層住宅街に変わる。

このエリアが何やら荒んだ一角であることを野ざらしにされた一台の廃車が示す。

毎回思うのだが、この廃車は盗品なのか、誰かが乗り捨てたのか。ただこの廃車から犯罪の匂いがそこはかとなく漂うのは言うまでもない。大阪中のあらゆるアウトロータウンを巡った率直な感想だ。やはり「荒れている」。

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貧乏上等 守口・門真 (2)

金曜日, 10 月 3rd, 2008

門真市役所は貧困層の修羅場

京阪電車に乗り、ゴキブリマンホールでおなじみの京橋から10分もしないうちに門真市駅に着く。

郊外というよりもまるで大阪市の一部のような感覚の場所である。むろん田畑が広がっているわけでもなく、大阪市内同様住宅だらけの風景だ。

駅を降りると、北側には松下・パナソニックの広大な工場が広がっている。企業城下町たる所以だ。

今でこそ「世界の松下」と呼ばれるようになった松下電器は大阪発祥の企業。昭和8(1933)年、大阪の北東方向、いわば「鬼門」と言われる現在の門真市に7万平米の広さの工場を建設した。(→詳細)それは縁起に囚われない経営者の判断からだった。

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貧乏上等 守口・門真 (1)

金曜日, 10 月 3rd, 2008

迫り来る格差社会と貧困、この街で何が起こっているのか?

大阪府守口市・門真市。
大阪市の市域に隣接し、都心からさほど離れても無い場所に二つの小さな衛星都市がある。「世界の松下」として名を轟かせる、松下電器の企業城下町だった。

1960年代の高度経済成長期、わずか人口3万人だった門真市に、松下で働くために移住してきた労働者が次々やってきて、10年間で人口13万人にまで激増した。松下電器からの税収で財政は豊かだった。だからこそ大阪市と合併せずに市政運営を続けていったのだが…

しかしそれは長続きしなかった。門真の松下は70年代から生産部門から技術開発部門へとシフトし、下請け企業はどんどん数を減らし、バブル期以降になると生産部門は海外へ移転するなどし、門真の企業城下町としての姿はすっかり影を潜めてしまった。

それに人件費低コストで「世界の工場」として台頭する支那企業に負けじと、製造業の非正規雇用へのシフトによる人件費削減が、日本の工場仕事で飯を食ってきた庶民の生活に追い討ちを掛けた。

高度経済成長の波に乗り、田畑を潰して建てられた文化住宅群に引っ越してきた当時の若者は今ではオッサンオバハンに。賃金は下がるに下がり、生活保護水準、国民保険料もまともに払えず、門真市の国民健康保険収納率は全国最低の72.5%(2005年)。

年間所得200万円の4人家族でも年間43万4千円もの国保料を取られてしまうという門真市。財政難で国保料を下げる訳にもいかず悪循環。(→詳細

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